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(785スレ215) :
作詞/785スレ215 :
785_215
盗みを働くのは、初めての経験だった。
万引き。恐ろしく簡単に、事は終わった。
スーパーのかごの中に、赤茶けたトートバッグ。
それだけで準備は万端。品物をかごに入れるふりをして、バッグに滑り込ませるだけだった。
レジを通らずに出て来たレモン。黄色いレモン。さわやかで、酸っぱい匂いのレモン。
まだみずみずしい皮の手触りに、夢中になった。
もう日が沈みかけている。公園の滑り台の上には私、一人きり。長く長くのびる私の影。それとレモン。
レモン。私のものになったレモン。一番形のよかった、かわいいレモン。
真っ赤に染まった夕日の前に、レモンを差し出した。太陽が三日月形に切り取られる。まるで日食だね。
お尻の下に、教科書の詰まったリュック。ずっと座ってたから角が痛い。けど、気にしない。
ポッケがぶるぶると震えた。お母さんだ。無視。
もうすぐ陽が沈んじゃう。そしたら会いに行かないと。愛しに行かないと。
知らないおじさんたちは、ひょっとするとお父さんよりも優しい。
「髪の毛染めちゃおうかな。あなたみたいな色」
レモンは答えない。つれないレモン。
だからレモンは酸っぱいんだ。
ぽつぽつと街灯がともりだす。空は、もう藍色になっていた。西のふちのほうだけは、まだ真っ赤なのに。
歩き出す。星も見えない空の下。家とは違う賑やかな所。私を見てくれる人の所。
私はレモンにキスをした。べろりと表面を舐めながら、小さく歯を立てた。ちょっと苦い。
でも、すぐに口中がさわやかな酸っぱさで満たされる。思っていた通り。
レモン。かわいいレモン。大好きな、私のレモン。
私にとって、どんなご飯よりもあなたが一番のごちそうなの。
*編註/コメント:
投下時題無し