(1)
ピアス ：
作詞/ろーど ：
748_483-484
ある冬の晴れた日 一人立ち尽くす老人が
ミルクを張った小鍋に 腐りかけた耳を入れている
部屋は音もなく 甘い匂いを巡らせている
ゆっくり丁寧に 小鍋に耳を入れていく
今日はやけに左耳が多い
グツグツ コトコト
小鍋の中で耳が揺れている
グツグツ コトコト
最初の右耳に手を伸ばしたとき
緑に光るそれを見た
浅くも深くもない緑のピアス
どこかで見た気がするのに思い出せない
頬を伝うものが何か分からないまま
老人はその右耳を見つめていた
数分が経っただろうか 一人立ち尽くす老人は
まだその右耳の持ち主を探していた
何故？何故？ 何故思い出せない？
とても大切な 誰かであるはずなのに
思い出せず夜が訪れる
グツグツ コトコト
小鍋のリズムに合わせて踊る
グツグツ コトコト
誰かの背中を微かに覚えている
右耳に光るエメラルド
浅くも深くもない緑のピアス
どこかで見たのに思い出せない
深い皺に滲む雫がぽつり
甘い小鍋をしょっぱく変えた
浅くも深くもない緑のピアス
ついに老人は煮るのをやめて
右耳を机の引き出しの中
大切に仕舞った
その机のコルクボードに色褪せた老夫婦の写真
老婦人の右耳に光る緑のピアス